マンション預金銀行訴訟・東京三菱銀行東京高裁判決(抜粋)


平成12年12月14日東京高裁第七民事部判決、原判決控訴人敗訴部分取消、請求認容〔上告受理申立〕

平成一〇年(ネ)第八四一号預金返還請求・各当事者参加控訴事件
(原審・東京地方裁判所
平成五年(ワ)第二〇九二八号(@事件)
平成六年(ワ)第四六四一号(A事件)
平成六年(ワ)一三四三二号(B事件)
(判決平成10年1月23日))
(口頭弁論終結日・平成一二年八月二四日)


    判 決

(当事者の表示)

   控訴人(A事件参加人)
        ルイマーブル乃木坂管理組合法人
             右代表者理事        木田二士夫
             右訴訟代理人弁護士   安福謙二
                              田中民之
                              江藤洋一
                              西島良尚
   控訴人(B事件参加人)
        アルベルゴ御茶ノ水管理組合法人
             右代表者理事        大治 右
             右訴訟代理人弁護士   松田浩明

   被控訴人(@事件原告・AB事件被参加人)
        破産者株式会社榮高破産管財人弁護士
                              奥野善彦
             右訴訟代理人弁護士   大西正一郎
                              野村茂樹
                              滝 久男
                              藤田浩司
                              伊藤律子
                              山崎雄一郎

   被控訴人(@事件被告・AB事件被参加人)
         株式会社東京三菱銀行
             右代表者代表取締役    岸  暁
             右訴訟代理人弁護士    関沢正彦


 【主文】

一 原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
二 原判決別紙預金目録<略>2記載の定期預金債権(元本額1668万8055円)が控訴人ルイマーブル乃木坂管理組合法人に帰属することを確認する。
三 被控訴人株式会社東京三菱銀行は、控訴人ルイマーブル乃木坂管理組合法人に対し、1668万8055円及びこれに対する平成四年九月一九日から支払済みまで年2.695%の割合による金員を支払え。
四 原判決別紙預金目録1記載の定期預金債権(元本額899万5516円)が控訴人アルベルゴ御茶ノ水管理組合法人に帰属することを確認する。
五 被控訴人株式会札東京三菱銀行は、控訴人アルベルゴ御茶ノ水管理組合法人に対し、899万5516円及びこれに対する平成四年二月二六日から支払済みまで年2.4パーセントの割合による金員を支払え。
六 控訴費用は、第一、二審を通じ、被控訴人らの負担とする。
七 この判決の第三項及び第五項は、仮に執行することができる。


 【事実及び理由】

 第一 控訴の趣旨
 一 控訴人ルイマーブル乃木坂管理組合法人(以下「参加人ルイマーブル」という。) の控訴の趣旨
  1 原判決中参加人ルイマーブル敗訴部分を取り消す。
  2 主文第二、三、六項同旨
  3 仮執行宣言
 二 控訴人アルベルゴ御茶ノ水管理組合法人(以下「参加人アルベルゴ」という。)の控訴の趣旨
  1 原判決中参加人アルベルゴ敗訴部分を取り消す。
  2 主文第四ないし六項同旨
  3 仮執行宣言


 第二 事実の概要
  本件は、マンションの管理者であった株式会社榮高(以下「榮高」という。)が区分所有者から徴収した管理費等を原資とする原判決別紙預金目録1ないし3記載の定期預金(以下「本件定期預金1、2、3」という。)の帰属を巡る訴訟である。

  一 前提事実

  (一) 榮高は、不動産業者である株式会社豊栄土地開発(以下「豊栄土地開発」という。) の建築、分譲したマンションの管理業務を行うことを主な目的として昭和五〇年九月九日に設立された同社の子会社であり、平成四年一一月に破産するまで、これらのマンションの管理業務を行っていた。
 豊栄土地開発は、平成四年一一月二〇日、東京地方裁判所において破産宣告を受けた。
 榮高も、同月三〇日、同裁判所において破産宣告を受け、同日、弁護士奥野善彦が破産管財人に選任された(東京地方裁判所平成四年(フ)第三六四四号)。(争いのない事実、<証拠略>、弁論の全趣旨)

  (二)ルイマーブル乃木坂マンションは、豊栄土地開発が昭和五三年に建築し分譲を開始したマンションであり、参加人ルイマーブル(ルイマーブル乃木坂管理組合法人)は、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)三条の定めるルイマーブル乃木坂マンション区分所有者の団体であり、平成四年一二月五日に開催された区分所有者の集会において管理組合法人を設立することが決議され、平成五年一月一九日に設立登記がされたことにより、法人格を取得したものである(同法四七条一項)。
 アルベルゴ御茶ノ水マンションは、豊栄土地開発が昭和五二年に建築し分譲を開始したマンションであり、参加人アルベルゴ(アルベルゴ御茶ノ水管理組合法人)は、区分所有法三条の定めるアルペルゴ御茶ノ水マンション区分所有者の団体であり、平成四年一二月一八日に開催された区分所有者の集会において管理組合法人を設立することが決議され、平成五年一月一八日に設立登記がされたことにより、法人格を取得したものである(同法四七条一項)。(争いのない事実、弁論の全趣旨)

  (三)榮高は、平成四年一一月まで、ルイマーブル乃木坂マンション、アルベルゴ御茶ノ水マンションその他豊栄土地開発が分譲したマンションについて、区分所有法の定める「管理者」の地位にあり、かつ各区分所有者との間の管理委託契約により管理業務の委託を受けた管理会社であった。
 この時期まで、右各マンションの区分所有者は、管理規約の定めるところに基づき、榮高と管理委託契約を締結し、これらの規約及び契約に従って、マンション毎に開設された榮高名義の普通預金口座に保証預り金のほか毎月の管理費、修繕積立金等を送金して支払い、榮高は、右各口座の預金通帳及び銀行印を保管し、そこから管理業務に必要な費用を支払い、榮高としての管理報酬を受領し、管理費の剰余金、修繕積立金及び保証預り金が一定の額に達すると、これらを順次定期預金に組み替えて貯蓄していた。(<証拠略>、弁論の全趣旨)

  (四)前記(三)により形成された預金として、平成四年一一月二五日当時、被控訴人東京三菱銀行(以下「一審被告」という。)に本件定期預金1、2、3が存在していた。(争いのない事実)
  (五)一審被告は、豊栄土地開発に対する債権を担保するため、原判決添付の「預金担保設定一覧表」のとおり、榮高の連帯保証のもとに、榮高より、本件定期預金2につき平成二年九月一八日に、本件定期預金1につき平成四年二月二五日に、本件定期預金3につき平成四年三月九日に質権の設定を受けていた。(以下「本件質権設定」という。)
一審被告は、豊栄土地開発が破産宣告を受けた後の平成四年一一月二六日をもって、右質権の実行により、本件定期預金1、2の全部及び本件定期預金3の一部の返還請求債権を取り立て、豊栄土地開発の一審被告に対する四七〇九万〇七六三円の債務の弁済に充て、平成四年一二月ころ、榮高の破産管財人(以下「一審原告」という。)に対してその旨通知した。(以下「本件質権実行」という。)(<証拠略>)
  (六)原審@事件は、一審原告が一審被告に対し、本件定期預金1ないし3が破産財団に帰属することを主張してその返還を求めた事実、原審A事件は、参加人ルイマーブルが本件定期預金2が参加人ルイマーブルに帰属することを主張して一審原告及び一審被告に対しその確認を求め、一審被告に対しその返還等を求めた事実、原審B事件は、参加人アルベルゴが本件定期預金1が参加人アルベルゴに帰属することを主張して一審原告及び一審被告に対しその確認を求め、一審被告に対しその返還等を求めた事実である。
原判決は、一審原告の@事件請求、参加人ルイマーブルのA事件請求、参加人アルベルゴのB事件請求をいずれも棄却した。
 これに対し、参加人ルイマーブル及び同アルベルゴは控訴したが、一審原告は控訴しなかった。
 したがって、当審においては本件定期預金3は審理の対象になっていない。

 二 争点

  1 本件定期預金の預金者は、各マンションの区分所有者団体(参加人ら) か榮高か
  2 右預金者が区分所有者団体(参加人ら)である場合、本件質権実行に民法四七八条(債権の準占有者への弁済)の類推適用があるか
  3 右預金者が区分所有者団体(参加人ら)である場合、本件質権設定に民法九四条二奨(通謀虚偽表示)の類推適用があるか

 三 参加人らの主張(原審AB事件共通)

  1 本件定期預金の預金者について 

 (一)参加人らの地位
 参加人らは、現在法人格を有するが、区分所有法三条の定める団体(以下「区分所有者団体」という。)であり、法人格の取得の前後を通じ、所有者団体としての人格は同一である。
 現行区分所有法三条の規定は、昭和五八年法律第五一号改正法によって新設されたものであるが、区分所有者は、一棟の建物を区分して所有し、その共用部分を共有して共同使用するものであることから、必然的にこれらを共同して管理しなければならない立場に置かれ、これらの管理を行うことを目的とする団体の団体的拘束に服するものであることを、確認的に宣言した規定である。したがって、昭和五二年ないし昭和五三年に本件各マンションが分譲されてから今日まで、管理組合を自称したか否かにかかわらず、参加人らの各マンションの区分所有者団体としての人格は、一貫して継続されてきたものである。

 (二)榮高と参加人らの関係
 榮高は、本件各マンションを分譲した豊栄土地開発の子会社であり、豊栄土地開発は、マンションを分譲した際、区分所有権の買主に対して管理規約と使用細則を提示してその承認を受け、買主と榮高の間で管理委託契約を締結させていた。
 この管理規約によれば、榮高が区分所有法上の「管理者」と定められており、榮高は、右定めにより、本件各マンション分譲以後榮高が破産するに至るまで「管理者」の地位にあった。
 区分所有者は、マンションの購入時に右管理規約及び使用細則を承認し、同時に榮高との間で管理委託契約を締結したが、この管理委託契約は、区分所有者団体を構成する区分所有者全員と区分所有者団体の「管理者」たる榮高の間で榮高が「管理者」として行う管理業務の権限と義務を確認したものであり、管理組合が外部の管理会社に管理業務を委託したものとは異なるものである。
 なお、昭和五八年改正前の区分所有法(以下「旧法」という。)二四条は、管理規約の設定、変更等は区分所有者全員の書面による合意によってするものと定めていたものであり、本件管理委託契約は、「管理者」の職務に関して管理規約の細則を定めたものといえる。
 したがって、榮高は、区分所有者団体の「管理者」としての地位にある者として、区分所有者団体に対し、区分所有法、管理規約、使用細則及び管理委託契約の定める権限を有し、義務を負うものであった。
 そして、右管理規約によれば、各区分所有者は「管理者」に対して管理費、修繕積立金等を支払う旨規定され、この規定と一体をなす管理委託契約によれば、各区分所有者は、毎月管理費、修繕積立金等(以下「管理費等」という。)を「管理者」である榮高に送金して支払い、「管理者」である榮高は、右支払いを受けた金員の中から管理員人件費、清掃費等を支払う出納事務等を行い、その行った管理事務の決算をして会計報告をするものとされていた。

 (三)「管理者」たる榮高のした預金行為における預金者
 (1)本件定期預金1、2の原資
 以上のとおり、榮高は、本件各マンション分譲後一貫して、各マンションの区分所有者団体の「管理者」の職務として、各マンションの管理費等の金銭を管理してきたものであり、その結果、本件定期預金1、2が形成されたものである。
 なお、本件定期預金2はルイマーブル乃木坂マンションの区分所有者からの管理費等を原資とする定期預金、本件定期預金1はアルベルゴ御茶ノ水マンションの区分所有者からの管理費等を原資とする定期預金であり、その資金の流れは次のとおりである。
 (本件定期預金2)
   @ ルイマーブル乃木坂マンションにおいては、一審被告六本木支店に開設された榮高名義の普通預金口座(口座番号四四〇五八九三、口座名義「株式会社榮高」)が管理費等の振込口座とされた。(以下これを「本件普通預金口座2」という。)
   A 榮高は、本件普通預金口座2の残高が多額となったことから、昭和五八年三月一七日、同口座よりの一四五〇万円をもって定期預金口座(一審被告荻窪支店、口座番号八六六六九三一−〇一八)を開設した。その後、右定期預金口座は、一審被告荻窪支店から一審被告東京駅前支店に移管された。 
   B 榮高は、平成二年九月一八日、前記Aの定期預金口座を解約し、同日、同口座の金利を元本に組み入れた一四九五万八二〇一円をもって定期預金口座(一審被告東京駅前支店、口座番号〇一四七一一三−○○一)を新規に開設した。(同日、質権設定)
   C 前記Bの定期預金口座は、利息元加方式で書替継続され、平成四年一一月二五日時点では、一六六八万八〇五五円の本件定期預金2(口座番号〇一四七一一三−○○四)となっていた。

 (本件定期預金1)
   @ アルベルゴ御茶ノ水マンションにおいては、住友銀行神田支店に開設された榮高名義の普通預金口座(口座番号〇七〇三四八四)が管理費等の振込口座とされた。(以下これを「本件普通預金口座1」という。)
   A 榮高は、本件普通預金口座1の残高が多額となった段階で一部を同銀行同支店の定期預金にしていたが、昭和五八年二月一四日、一審被告の豊栄土地開発に対する債権の担保に当てるため、住友銀行神田支店の右普通預金及び定期預金からの合計八○○万円をもって一審被告荻窪支店に榮高名義の定期預金口座(口座番号八六六六九三一−〇一二、口座名義「株式会社榮高 御茶ノ水口」)を開設した。その後、右定期預金口座は一審被告荻窪支店から一審被告東京駅前支店に移管された。
   B 榮高は、平成三年二月二五日、前記Aの定期預金口座及び他の四つのマンションの定期預金口座を解約し、これらの口座の金利を元本に組み入れた三二一〇万七二八九円をもって大口定期預金口座(一審被告東京駅前支店)を開設したが、平成四年二月二五日、元の原資どおりの金額に従い五口に分割し、アルベルゴ御茶ノ水マンションの管理費等を原資とする定期預金として八九九万五五一六円の定期預金口座(一審被告東京駅前支店、口座番号〇二二二四四四−○○一、口座名義「株式会社榮高 御茶ノ水口」)(本件定期預金1)を新規に開設した。(同日質権設定)

  (2)預金者
 本件各定期預金は、榮高が、本件各マンションの区分所有者団体の「管理者」として、各団体の預金を行ったものである。
 区分所有者団体の「管理者」はその職務に関し区分所有者を代理するものとされている(区分所有法二六条二項、旧法一八条二項)が、ここにいう代理とは、個別的代理ではなく、団体の代理を意味し、その効果は、団体を構成する区分所有者全員に合有的又は総有的に及ぶものである。
 したがって、本件各定期預金は、各団体の財産であり、各団体が法人格を取得する前は、各団体を構成する区分所有者全員に合有的又は総有的に帰属していたものであり、各団体が管理組合法人となって法人格を取得した後は、各管理組合法人(参加人ら)に帰属しているものである。

  (3)預金返還請求権、不当利得返還請求権
 以上によれば、現時点において、本件定期預金2の預金者は参加人ルイマーブル、本件定期預金1の預金者は参加人アルベルゴであり、参加人らは、これらの定期預金について、一審被告に対し、預金契約に基づく預金返還請求権を有している。
 仮に、本件定期預金1、2が本件質権実行により消滅したとしても、一審被告は、本件定期預金1、2が榮高の財産ではなく、区分所有者団体の財産であることを認識していながら、榮高より本件定期預金1、2について本件質権設定を受け、これを実行し、本件定期預金1、2を取り立てて豊栄土地開発の一審被告に対する債務の弁済に充てたものであるから、参加人らの損失において債権回収を図り利益を享受したというべきであり、また、一審被告には右質権実行につき後記悪意又は重大な過失があるから、右利得は法律上の原因がなく、不当利得に該当する。
 よって、参加人ルイマーブルは、原審A事件において、一審原告及び一審被告に対し、本件定期預金2が参加人ルイマーブルに帰属することの確認を求め、一審被告に対し、本件定期預金2に係る預金契約に基づく預金返還請求権又は不当利得返還請求権に基づき、主文第三項の金員の支払いを求め、参加人アルベルゴは、原審B事件において、一審原告及び一審被告に対し、本件定期預金1が参加人アルベルゴに帰属することの確認を求め、一審被告に対し、本件定期預金1に孫る預金契約に基づく預金返還請求権又は不当利得返還請求権に基づき、主文第五項の金員の支払いを求める。

  2 一審被告の悪意又は重大な過失

  (1) 一審被告は、本件質権設定を受けるに当たり、次の事情により、本件定期預金1、2が榮高の財産ではなく、各マンションの区分所有者団体の財産であることを知っていたものであり、仮に知らなかったとしても、知らなかったことについて重大な過失がある。
  (2) 一審被告は、榮高との取引開始段階において、榮高の商業登記簿謄本を入手しており、榮高がマンション管理業務を業としていることを知っていた。
  (3) 一審被告は、豊栄土地開発との間で同社の分譲マンションに関する提携ローン契約を締結し、ルイマーブル乃木坂マンションほかの購入者に対する融資を行ったが、その際、当該マンションの管理規約、管理委託契約書を入手した。右管理規約及び管理委託契約書には、榮高が「管理者」の地位にあること、各区分所有者は「管理者」である榮高に毎月管理費、修繕積立金を支払うこと等が明記されていた。
  (4) 一審被告は、本件普通預金口座2の預入銀行として、同預金口座にルイマーブル乃木坂マンションの区分所有者から管理費等が送金されていることを知っていた。
  (5) 榮高は、アルベルゴ御茶ノ水マンションの区分所有者から管理費等を原資とする住友銀行神田支店の預金口座から合計八○○万円を送金して一審被告荻窪支店に榮高名義の定期預金口座(口座番号八六六六九三−○一二)を開設する際、同マンションの預金であることを特定するために、口座名義を「株式会社榮高 御茶ノ水口」とした。
  (6)一審被告は、預入銀行として、前記1、(三)、(1)の預金の変遷を知り得る立場にあった。
  (7)一審被告は、榮高の決算書を毎年入手していた。第一〇期(昭和五九年九月一日から昭和六〇年八月三一日まで)までの榮高の決算報告書の貸借対照表においては、各マンションの管理費等を原資とする預金が榮高自身の預金とは区別され、各マンション名を付記して資産の部に計上される一方、各マンションの管理金預り金等が「マンション管理預り金」として負債の部に計上されていたが、第一一期からは、これらの預金は資産の部に計上されなくなり、これらの「マンション管理預り金」も負債の部に計上されなくなっていた。
  (8)本件質権実行についての民法四七八条の類推適用(一審被告の抗弁) について
 前記(一)のとおり、一審被告は、本件質権設定を受けるに当たり、本件定期預金1、2が榮高の財産ではなく、区分所有者団体の財産であることを知っていたものであり、仮に知らなかったとしても、知らなかったことについて重大な過失があるから、本件質権実行に民法四七八条の類推適用はなく、一審被告の本件質権実行は参加人らに対して効力を生じない。

 (三) 本件質権設定についての民法九四条二項の類推適用(一審被告の抗弁)について
 法人格を取得する前の区分所有者団体が管理費等を預金の形態で保管する場合には、「管理者」名義、すなわち榮高名義で預金するしか方法がなかったのであるから、この点につき区分所有者団体に帰責性はない。
 また、前記(一)のとおり、一審被告は、本件質権設定を受けるに当たり、本件定期預金1、2が榮高の財産ではなく、区分所有者団体の財産であることを知っていたものであり、仮に知らなかったとしても、知らなかったことについて重大な過失があった。
 したがって、本件質権設定に民法九四条二項の類推適用はない。

 四  一審原告の主張(原審AB事件共通)
 参加人らの主張1、(一)、(二)、(三)、(1)、(2)は認める。

 五  一審被告の主張(原審AB事件共通)

  1 本件定期預金の預金者について参加人らの主張1、(一)、(二)は不知。
同1、(三)、(1)のうち、各時期に各預金が存在したことは認めるが、そのつながりは不知。同1(三)、(2)、(3)、は争う。
 榮高は、榮高自身の預金とする意思で、各預金の出捐者として、各預金行為を行ったものである。
 したがって、本件定期預金1、2の預金者は榮高である。
 各区分所有者は、榮高との間の管理委託契約に基づく榮高に対する債務の履行として、委任事務処理費用の前払ないし委任事務処理の対価とする意図で、榮高名義の普通預金口座に管理費等を振り込んでいたものであって、預金意思はなかったのであり、右普通預金の出捐者は榮高である。榮高は、これらの普通預金を自己の判断と責任において順次定期預金にしていったのであるから、本件定期預金1、2の預金者は榮高である。
一般的に、預金者認定の基準となる出捐者とは、単に預金原資を提供しただけでは足りず、預金意思を有し、かつ、預金通帳や印鑑を保管するなど、預金を実質的に支配している者を指すと解すべきである。各区分所有者は、管理費等の振込口座の普通預金につき、預金行為者でもなく、出捐者でもなく、普通預金及び定期預金のいずれについても預金意思を有しない。本件定期預金1、2が右普通預金を原資とするものであるとしても、右普通預金の預金者は榮高であり、各区分所有者は本件定期預金1、2の預金者たり得ない。

  2 本件質権実行についての民法四七八条の類推適用(抗弁)
 仮に、本件定期預金1、2の預金者が榮高ではなく、区分所有者団体であったとしても、一審被告は、本件質権設定を受けるに当たり、次の事情により、本件定期預金1、2の預金者は榮高であると認識していたものであり、そう認識するについて過失はなかった。したがって、本件質権実行は、民法四七八条の類推適用により参加人らに対して効力を生ずる。
 (一) 預金行為者は榮高である。
 (二) 預金名義は「株式会社榮高」である。
 (三) 預金証書及び印鑑は榮高が保管していた。

  3 本件質権設定についての民法九四条二項の類推適用(抗弁)
 仮に、本件定期預金1、2の預金者が区分所有者団体であったとしても、参加人らは、本件定期預金1、2について預金名義を榮高とし、通帳・印鑑を榮高に保管させ、預金の解約・払戻・開設を榮高に任せ、榮高と通謀して本件定期預金1、2の預金者は榮高であると一審被告に誤信させたものであり、右誤信に基づいて本件質権設定を受けた一審被告は善意の第三者に該当する。したがって、民法九四条二項の類推適用により、参加人らは、一審被告に対して本件質権設定の無効を主張することができない。


 第三 当裁判所の判断

 一 本件定期預金の預金者について

  1 証拠(<証拠略>、証人岡本憲明、同河野英己)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
  (一) 豊栄土地開発は、建築したマンションを分譲するに際し、区分所有権の買主に対して自ら作成したマンション管理規約及び使用細則を提示してその是認を求めるとともに、右買主(区分所有者)と榮高との間で管理委託契約を締結させていた。
 右管理規約及び管理委託契約においては、次のとおり定められていた。(<証拠略>)

 (管理規約)
  (1) 榮高が「管理者」となる。
  (2) 各区分所有者は、建物共用部分の通常の管理費をその持分に応じて負担し、定められた管理費を毎月「管理者」に支払う。
  (3) 各区分所有者は、建物共用部分の修繕費をその持分に応じて負担し、定められた修繕積立金を毎月「管理者」に支払う。修繕積立金は理由の如何を問わず払い戻さない。「管理者」は、修繕積立金を取り崩して修繕費を支払い、なお、不足する場合、修繕費を追加徴収することができる。
  (4) 各区分所有者は、保証預り金を「管理者」に預け入れる。保証預り金は各区分所有者がその資格を失った場合に返還する。

 (管理委託契約)
  (1) 榮高が行う業務は、経理事務、折衝業務、修繕業務、設備保守点検業務、清掃業務、受付業務等とする。
  (2) 区分所有者は、管理費、修繕積立金を榮高に支払う。
  (3) 管理費は、榮高が前記(1)の業務を行うために必要な費用及び榮高の管理報酬(管理費の一五パーセント)に当てる。管理費の剰余金は管理預り金として積み立て、管理費が不足した場合、それを取り崩して充当できる。
  (4) 榮高は、毎年年末において当該年度の会計報告をする。
  (5) 榮高は、各区分所有者から保証預り金を預かる。各区分所有者がその資格を失った場合、榮高は、これを返還する。

  (二) 各区分所有者は、右管理規約及び管理委託契約に従い、マンション毎に開設された榮高名義の普通預金口座に保証預り金のほか毎月の管理費、修繕積立金等を送金して支払っていた。
 右支払手続は、各区分所有者と銀行との間の自動引落(振替)契約によって行われ、当該引落口座を開設する銀行は、主として豊栄土地開発が分譲したマンションの建設に融資者として関与した銀行が選定されていた。

  (三) 榮高は、右管理規約及び管理委託契約に従い、各区分所有者から管理費等の支払いを受けるため、各マンションの近くに所在する銀行に榮高名義の普通預金口座を開設した。右普通預金口座は、各マンション専用とされ、他のマンションの管理費等や榮高固有の資金が入金されることは一切なかった。
榮高は、この普通預金口座から管理に要する諸費用と榮高が受領すべき管理報酬を支出し、管理費の剰余金や修繕積立金等がある程度多額になると、これを定期預金にしていた。
 榮高は、第一〇期(昭和五九年九月一日から昭和六〇年八月三一日)までの決算報告書では、各マンションの管理費等を原資とする預金を貸借対照表の資産の部に各マンション名を付記して計上し、各マンションの保証預り金、積立金、管理金預り金等を「マンション管理預り金」として貸借対照表の負債の部に計上していた(<証拠略>)が、顧問の公認会計士からそのような経理処理は適切でないとの指摘を受けて、第一一期(昭和六〇年九月一日から昭和六○年八月三一日) からの決算書報告書においては、右預金を資産として計上せず、「マンション管理預り金」も負債として計上しないこととした(<証拠略>)。
 榮高は、毎年、各マンション毎に「管理費収支決算書」等を作成して、全区分所有者に配付していた。右書面には、管理費収支決算書、修繕積立金収支決算書及び貸借対照表が含まれており、貸借対照表の資産の部には管理費等の剰余金等を原資とする普通預金及び定期預金が記載され、管理費収支決算書の部には右普通預金の利息が計上され、修繕積立金収支決算書の収入の部には、右定期預金の利息が計上されていた。(<証拠略>)
 榮高は、管理組合が結成され、あるいは管理組合法人が設立されて、管理組合の理事あるいは管理組合法人の理事から各マンションの管理費等を原資とする榮高名義の預金の名義変更を求められたときは、これらの預金は管理組合あるいは管理組合法人に帰属する財産であるとの考えのもとに、これに応じ、管理組合の理事名義あるいは管理組合法人の理事名義等に名義を変更し、印鑑を変更していた。

 (四) 本件定期預金1、2の原資及び資金の流れは次のとおりである。(本件定期預金2)
  (1) 昭和五二年から昭和五三年にかけて分譲されたルイマーブル乃木坂マンションにおいては、そのころ一審被告六本木支店に開設された榮高名義の普通預金口座(口座番号四四〇五八九三、口座名義「株式会社榮高」、本件普通預金口座2)が管理費等の振込口座とされた。
  (2) 榮高は、本件普通預金口座2の残高が多額となったことから、昭和五八年三月一七日、同口座よりの一四五〇万円をもって定期預金口座(一審被告荻窪支店、口座番号八六六六九三一−〇一八)を開設した。その後、右定期預金口座は、一審被告荻窪支店から一審被告東京駅前支店に移管された。
  (3) 榮高は、平成二年九月一八日、前記(2)の定期預金口座を解約し、同日、同口座の金利を元本に組み入れた一四九五万八二〇一円をもって定期預金口座(一審被告東京駅前支店、口座番号〇一四七一一三−○○一)を新規に開設した。(同日、質権設定)
  (4) 前記(3)の定期預金口座は、利息元加方式で書替継続され、平成四年一一月二五日時点一では、一六六八万八〇五五円の本件定期預金2(口座番号〇一四七一一三−○○四)となっていた。

 (本件定期預金1)
  (1) 昭和五二年から昭和五三年にかけて分譲されたアルベルゴ御茶ノ水マンションにおいては、そのころ住友銀行神田支店に開設された榮高名義の普通預金口座(口座番号〇七〇三四八四、本件普通預金口座1)が管理費等の振込口座とされた。
  (2) 榮高は、本件普通預金口座1の残高が多額となった段階で一部を同銀行同支店の定期預金にしていたが、昭和五八年二月一四日、一審被告の豊栄土地開発に対する債権の担保に当てるため、住友銀行神田支店の右普通預金及び定期預金からの合計八○○万円をもって一審被告荻窪支店に榮高名義の定期預金口座(口座番号八六六六九三一−○一二、口座名義「株式会社榮高 御茶ノ水ロ」)を開設した。その後、右定期預金口座は一審被告荻窪支店から一審被告東京駅前支店に移管された。
  (3) 榮高は、平成三年二月二五日、前記(2)の定期預金口座及び他の四マンションの定期預金口座を解約し、これらの口座の金利を元本に組み入れた三二一○万七二八九円をもって大口定期預金口座(一審被告東京駅前支店)を開設したが、平成四年二月二五日、元の原資どおりの金額に従い五口に分割し、アルベルゴ御茶ノ水マンションの管理費等を原資とする定期預金として八九九万五五一六円の定期預金口座(一審被告東京駅前支店、口座番号〇二二二四四四−○○一、口座名義「株式会社榮高 御茶ノ水口」)(本件定期預金1)を新規に開設した。(同日質権設定)

  2 預金者認定の判断基準

 預金者の認定については、自らの出捐によって自己の預金とする意思で銀行に対して自ら又は使者・代理人を通じて預金契約をした者が、預入行為者が出捐者から交付を受けた金銭を横領し自己の預金とする意図で預金をしたなどの特段の事情の認められない限り、当該預金の預金者であると解するのが相当である(最高裁昭和五七年三月三〇日第三小法廷判決昭和五四年(オ)第八〇三号・昭和五四年(オ)第一一八六号)。


  3 本件定期預金1、2の預金者

  (一) 参加人らの地位
 現行区分所有法三条は、「区分所有者は、全員で、建物並びにその敷地及び附属施設の管理を行うための団体を構成」すると規定している。この規定は、昭和五八年法律第五一号改正法によって新設されたものであるが、この規定によって新たに権利義務を創設するものではなく、区分所有者が、一棟の建物を区分所有し、その共有部分を共有して共同使用するものであるが故に、必然的にこれらを共同して管理しなければならない立場に置かれ、これらの管理を行うことを目的とする団体の団体的拘束に服するものであることを、確認的に宣言したものである。したがって、右改正の前後を通じ、マンションの区分所有者は当然に区分所有者団体を構成しているものと解すべきであり、昭和五二年ないし昭和五三年に分譲された本件各マンションの区分所有者も、当初から区分所有者団体を構成していたものであり、その団体の人格は、法人格を取得した後の参加人らに引き継がれているものと認められる。

 (二)「管理者」の立場
 前記のとおり、区分所有法の改正の前後を通じ、区分所有者は、共用部分を共同して管理するために一種の組合的結合関係にあり、その管理のための団体を構成しているものであり、同法の定める「管理者」は、その団体の行う管理業務の執行者であるものと解される。
 そして、区分所有法は、「管理者」はその職務に関し区分所有者を代理すると規定している(法二六条二項、旧法一八条二項)が、区分所有者が共用部分の共同管理のための団体を構成し、「管理者」がその団体の行う管理業務の執行者であることを前提とすれば、右にいう代理とは、個別的代理ではなく、団体の代理を意味し、その効果は、団体を構成する区分所有者全員に合有的又は総有的に帰属すると解すべきである。
 また、区分所有者は、マンションの購入時に管理規約及び使用細則を承認し、同時に榮高との間で管理委託契約を締結しているが、区分所有者が共用部分の共同管理のための団体を構成し、「管理者」がその団体の行う管理業務の執行者であることを前提とし、旧法二四条が管理規約の設定、変更等は区分所有者全員の書面による合意によってすると定めていたことに照らすと、この管理委託契約は、区分所有者団体を構成する区分所有者全員と団体の行う管理業務の執行者である「管理者」(榮高)の間において、「管理者」(榮高)の行う管理業務の権限と義務につき管理規約の細則を定めたものと解するのが相当である。
 なお、区分所有法は、共用部分の共有者はその持分に応じて共用部分の負担に任ずると規定し(法一九条、旧法一四条)、管理規約は、各区分所有者は共用部分の管理費、修繕費等を「管理者」に支払う旨規定しているが、区分所有者が共用部分の共同管理のための団体を構成し、「管理者」がその団体の行う管理業務の執行者であることを前提とすれば、各区分所有者が管理費等の支払義務を負うのは右団体に対してであると解される。すなわち、「管理者」たる榮高は、区分所有者に対し、管理費等の支払を請求し、これを受領、保管する権限はあるが、管理費等についての債権自体は右団体ひいては管理組合に帰属すると解するのが相当である。

 (三)「管理者」たる榮高のした預金行為における預金者
 前記1、(二)ないし(四)の事実及び前記3、(一)、(二)の検討結果によれば榮高は、本件各マンション分譲後一貫して、各マンションの区分所有者団体の「管理者」の職務として、各マンションの管理費等の金銭を管理してきたものであり、前記1、(四)の各預金行為を、各区分所有者団体の預金として行ったものというべきである。
 すなわち、区分所有者の管理費等の支払債務に対応する債権の帰属者は 榮高ではなく区分所有者団体であり、榮高は、区分所有者団体の行う管理 業務の執行者たる「管理者」として、区分所有者から送金されてきた管理費等についてこれを管理する権限を与えられており、その管理の一環として、管理費等入金のための区分所有者団体の預金口座を開設する権限を与えられていたところ、当時、区分所有者団体は観念的には成立していても、実際には管理組合は結成されておらず、管理組合等の名義で口座を開設することは困難であったことなどから、区分所有者団体の預金口座とするために、団体の表示として榮高名義を用いて、銀行との間で普通預金契約を締結し、本件普通預金口座1、2を開設し、各区分所有者から区分所有者団体に対する債務の履行としての管理費等の送金を受けたものというべきであり、したがって、これらの普通預金口座の預金者は各マンションの区分所有者団体であるというべきである。
 この場合における区分所有者、区分所有者団体、榮高及び銀行の四者間の法律関係についてみると、「管理者」たる榮高は、区分所有者に対し、管理費等の支払を請求し、これを受領、保管する権限はあるが、管理費等についての債権自体は区分所有者団体に帰属し、区分所有者の銀行に対する送金(自己の取引銀行からの振込みを含む。)によって区分所有者の区分所有者団体に対する債務(すなわち、区分所有者団体の債権)が消滅し、いわばその代償として、銀行に対する区分所有者団体の預金債権が発生ないし増加すると解することができる。
 そして、普通預金の金額が一定の金額に達した場合に、これを定期預金に組み替えることは、預金の管理の方法としては当然許され、区分所有者団体もこれにつき黙示の承諾を与えていたものと解すべきであり、したがって、榮高が本件普通預金口座1、2において保管中の各預金を (同口座1については住友銀行神田支店から一審被告荻窪支店に変更したうえで)定期預金に組み替えたとしても、その預金者が各マンションの区分所有者団体であることには何ら変更はないと解すべきである。そして、この理は、榮高がその後右定期預金について一審被告の豊栄土地開発に対する債権の担保として質権を設定した場合でも同様である。
 以上によれば、本件各マンションの区分所有者団体は、本件定期預金について、自らの出捐によって、自己の預金とする意思で、「管理者」たる榮高を代理人として銀行との間で預金契約をしたものであり、本件定期預金の預金者であると解される。
 したがって、本件定期預金1、2の預金者は、各マンションの区分所有者団体であり、本件定期預金2は、ルイマーブル乃木坂マンションの区分所有者団体が法人格を取得する前においては、団体を構成する区分所有者全員に合有的又は総有的に帰属し、団体が法人格を取得して管理組合法人となった後においては、管理組合法人たる参加人ルイマーブルに帰属しているものであり、本件定期預金1は、アルベルゴ御茶ノ水マンションの区分所有者団体が法人格を取得する前においては、団体を構成する区分所有者全員に合有的又は総有的に帰属し、団体が法人格を取得して管理組合法人となった後においては、管理組合法人たる参加人アルベルゴに帰属しているものと認められる。


 二  本件質権実行についての民法四七八条の類推適用の可否について

 1 本件定期預金の預金行為者は榮高であり、預金名義は「株式会社榮高」 であり、預金証書及び印鑑は榮高が保管していたものであるが、証拠<略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

 (一) 一審被告は、昭和五一年ころ豊栄土地開発との取引を、昭和五三年ころ榮高との取引を開始したが、その段階において、榮高に関する情報を入手しており、榮高が豊栄土地開発の建築、分譲したマンションの管理業務を行うことを主な目的として設立された同社の子会社であることを知っていた。
 (二)一審被告は、豊栄土地開発との間で同社の分譲マンションに関する提携ローン契約を締結し、ルイマーブル乃木坂マンションほかの購入者に対する融資を行ったが、その際、当該マンションの管理規約、管理委託契約書を入手した。右管理規約及び管理委託契約書には、前記一、1、(一)のとおり、榮高が「管理者」の地位にあること、各区分所有者は「管理者」である榮高に毎月管理費、修繕積立金を支払うこと等が明記されていた。
 (三)一審被告は、本件普通預金口座2の預入銀行として、また、各区分所有者との間で自動引落(振替)契約を締結した銀行として、本件普通預金口座2がルイマーブル乃木坂マンションの区分所有者が管理費等を送金支払するために開設された口座であることを知っていた。
 (四) 榮高は、昭和五八年二月一四日、アルベルゴ御茶ノ水マンションの区分所有者からの管理費等を原資とする住友銀行神田支店の預金口座から合計八○○万円を送金して一審被告荻窪支店に榮高名義の定期預金口座(口座番号八六六六九三一−○一二)を開設する際、同マンションの預金であることを特定するために、口座名義を「株式会社榮高 御茶ノ水ロ」とした。
 右預金については、同日、一審被告の豊栄土地開発に対する債権を担保するため質権が設定され、平成三年二月二五日、質権の解除を受けたうえ、他の四ロのマンションの預金と一体化して大口定期預金とされ、これに質権が設定され、平成四年二月二五日、質権の解除を受けたうえ、元の原資どおりの金額に従って五ロに分割され、そのうちのアルベルゴ御茶ノ水マンションの管理費等を原資とする本件定期預金1に質権が設定された。
 このような質権の解除及び新たな設定を伴う定期預金の合体又は分割をするため、榮高は、一審被告に対し、その必要性を説明しているが、その説明の中にはこれらの預金がマンションの管理費等を原資とする預金であることの説明が当然に含まれていた。
 (五)一審被告は、預入銀行として、前記一、1、(四)の預金の変遷を知り得る立場にあった。
 (六)一審被告は、榮高の決算書を毎年入手していた。前記一、1、(三)のとおり、第一〇期(昭和五九年九月一日から昭和六〇年八月三一日まで)までの榮高の決算報告書の貸借対照表においては、各マンションの管理費等を原資とする預金が榮高自身の預金とは区別されて各マンション名を付記して資産の部に計上される一方、各マンションの管理金預り金等が 「マンション管理預り金」として負債の部に計上されていたが、第一一期からは、これらの預金は資産の部に計上されなくなり、これらの「マンション管理預り金」も負債の部に計上されなくなっていた。

 2 本件においては、金融機関である一審被告が、本件定期預金につき真実の預金者である区分所有者団体(参加人ら)と異なる榮高を預金者と認定して、榮高から質権の設定を受け、その後右質権実行として、被担保債権を自働債権とし本件定期預金債権を受働債権とする相殺をしたのであるが、この質権実行が民法四七八条の類推適用により区分所有者団体(参加人ら) に対して効力を生ずるためには、右質権設定時において、榮高を預金者本人と認定するにつき金融機関として負担すべき相当の注意義務を尽くしたと認められることを要するものと解される(最高裁昭和五九年二月二三日第一小法廷判決・民集三八巻三号四四五頁)。
 そして、前記1のとおり、一審被告は、本件質権設定当時、榮高が区分所有者団体の「管理者」として各マンションの管理費等を原資とする預金を管理していること及び本件定期預金がそうした預金であることを知っていたのであるから、本件定期預金につき、榮高より、右「管理者」の職務ではあり得ない豊栄土地開発のための質権設定を受けるに当たっては、本件定期預金の預金者を榮高と認定すべきか否かについて、単なる預金の払戻しの場合とは異なり、より慎重に判断すべき注意義務があったというべきである。
 しかし、一審被告は、前記1のとおり、当裁判所が本件定期預金の預金者は区分所有者団体(参加人ら)であると認定した根拠となっている事実のうち、榮高が毎年本件各マンションの区分所有者に配付していた管理費収支決算書の記載内容を除くその余の事実を知っていたにもかかわらず、榮高を預金者と認定したものであり、右記定に当たり金融機関として負担すべき相当の注意義務を尽くしたと認めることはできない。
 したがって、一審被告の本件質権実行に民法四七八粂が類推適用されるとの抗弁は理由がない。

 三 本質権設定についての民法九四条二項の類推適用の可否について

 本件においては、金融機関である一審被告が、本件定期預金につき真実の預金者である区分所有者団体(参加人ら)と異なる榮高を預金者と認定して、榮高から質権の設定を受けたものであるが、この質権設定が民法九四条二項の類推適用により区分所有者団体(参加人ら)に対して効力を生ずるためには、右質権設定時において、榮高を預金者本人と認定するにつき金融機関として負担すべき相当の注意義務を尽くしたと認められることを要するものと解される。
 しかし、前記二のとおり、一審被告が右認定に当たり金融機関として負担する相当の注意義務を尽くしたと認めることはできないのであるから、その余の点を判断するまでもなく、一審被告の本件質権設定に民法九四条二項が類推適用されるとの抗弁も理由が無い。

 四 以上によれば、参加人らの原審AB事件における預金帰属確認請求及び預金返還請求はいずれも理由があるから、原判決中参加人ら敗訴部分を取り消し、主文のとおり判決する。

      東京高等裁判所第七民事部
            裁判長裁判官 奥山輿悦
            裁判官 杉山正己
            裁判官 山崎まさよ