マンション預金銀行訴訟・三和銀行東京地裁判決(抜粋)
平成8年5月10日東京地裁
平成六年(ワ)第一〇八四○号 預金返還請求事件
第一二九二三号 当事者参加事件
第一三五一六号 当事者参加事件
第一八一七九号 当事者参加事件
第一八一八四号 当事者参加事件
第一八一八五号 当事者参加事件
平成七年(ワ)第一三七号事件 当事者参加事件
判 決
当事者の表示 別紙目録記載のとおり
主 文
一 原告の請求を棄却する。
二 乙、丙、丁、戊、己、及び庚事件各参加人の請求をいずれも棄却する。
事 実 及 び 理 由
第一 請求の趣旨
一 甲事件
1 被告(三和銀行)は原告(榮高破産管財人)に57,215,526円……(中略)を支払え。
(中略)
二 乙事件
1 目録1、7及び14の各定期預金債権(元本18,212,960円)が乙事件参加人(アンバサダー六本木)に属することを確認する。
2 被告(三和銀行)は乙事件参加人(アンバサダー六本木)に18,212,960円……(中略)を支払え。
(中略)
《Saijo注:以下同様なので金額のみ》
三 丙事件 アルベルゴ御茶ノ水 6,934,991円
四 丁事件 ルイマーブル乃木坂 10,000,000円
五 戊事件 ジャルダン元麻布 4,184,000円
六 己事件 アルベルゴ上野 4,886,307円
七 庚事件 赤坂ベルゴ 3,152,268円
(以下中略)
第三 当裁判所の判断
一 本件全事件を通じ基本的争点である本件各定期預金の債権者が何人であるかについてまず検討する。
1 甲事件請求原因1の事実は全当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、証拠(甲五及び七の各1ないし9、丙A一及びD一の各1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば、本件各定期預金の成立経緯等につき、次の事実が認められる。
(一) 栄高のマンション管理業務について
栄高は、豊栄土地開発の分譲マンションの管理委託業を担当する管理会社であり、豊栄土地開発は同会社が建設したマンションの分譲の際、各区分所有者に対し、同会社作成のマンション管理規約(右各管理規約では、竣工時から一年ないし三年間の管理者を栄高とし、その後、別段の定めをしなければ栄高が管理者として管理業務を行ぅ旨規定されている)及び使用細則を提示してその承認を求めるとともに、右各区分所有者と栄高の間で管理委託契約を締結させた。
参加人らの各マンションの区分所有者らは個別に、管理委託契約に基づいて、管理者である栄高に対し管理費等及び保証預り金を一括して管理委託費として月一定額(ただし、赤坂ベルゴ豊栄マンションの区分所有者らの支払っていた管理委託費は、右管理費等のほかマンション敷地一部の借地料を含む)を、同会社が指定する同会社名義の被告等金融機関における普通預金口座宛に振り込んで支払っていた。
そして、栄高は右管理委託費から管理員人件費、清掃費、エレベータ・消防及び電気設備保守メインテナンス料並びに定期検査等の諸経費を支出し、金銭出納業務を行うとともに、同会社の管理報酬として相当額を引き出して取得していた。
また、栄高は年一回各管理組合の決算期ごとにそれぞれの決算書(右報告書には預金利息も収入に計上されている)を作成し、その都度各管理組合の総会で収支決算報告をするなど各管理組合の会計業務を行っていた。
(二)栄高の本件各定期預金契約の締結について
栄高は右のとおり各マンションの区分所有者らから各銀行の普通預金口座に振り込まれた管理委託費を その都度各種業務に支出するほか、その剰余金を原資として各マンションごとに、契約の形式を栄高名義として本件各定期預金契約を被告(京橋支店取扱い)との間で締結した。
2 そこで、検討を進めるのに、証拠(甲二の1ないし8、三、六の1ないし4)によれば、本件各定期預金は参加人らの各マンションの管理委託費の一部を原資とするものであり、栄高の右各マンションごとの会計報告内容である決算書には本件各定期預金及びその利息が各マンションの収入に計上されていることが認められるものの、他方において、本件各定期預金の成立経緯は前記認定のとおりであり(本件各預金の預入行為者が栄高であることは全当事者間に争いがない)、また、前記認定(特に栄高が本件各定期預金通帳及び銀行届出印鑑を所持して右預金を管理し、被告(京橋支店取扱い)との間でその都度必要に応じて本件各定期預金に担保を設定していること)によれば、栄高が管理者として区分所有者らから必要経費を一括して管理委託費として同会社名義の普通預金口座に徴収して取得した上、その剰余金の管理方法として、更に、被告(京橋支店取扱い)との間で、栄高名義で本件各定期預金契約を締結し、右預金証書と共に銀行届出印鑑を管理していたというのであるから、これらの事実を併せ考察すると(右管理委託費の使途の限定の問題については後に触れる)、前記原資の拠出者や決
算書上の処理方法を考慮に入れても、預金原資となる管理委託費の右管理方法いかんは栄高にゆだねられており、栄高が自ら預金の出捐者として本件各定期預金契約を締結したものということができるのであり、したがって本件各定期預金債権者は栄高であると解するのが相当というべきである。
3(一)この点につき、参加人らは、栄高は通常の管理会社とは異なり、区分所有法上の管理者であって管理組合と同一のものであるから、それまで管理組合を結成していなかった各マンションの区分所有者らが、法人格を有するか否かを問わず管理組合を結成すれば、栄高が管理している財産のうち栄高固有の財産以外の財産は当然右管理組合の財産となるのであり、したがって本件各定期預金も栄高にではなく参加人らに帰属すると解すべきであるかのような主張をするが、次のとおり、論旨自体としても、また、前記認定事実に照らしても合理性を欠き、採用できない。
すなわち、栄高は豊栄土地開発が各マンション分譲の際、そのマンションの管理業務を遂行する管理として設立し、それ以降独立の法人として各マンション管理業務を行ってきた管理会社であり、区分所有者ら(管理組合がある場合にはその管理組合)は、マンション管理専門業者である栄高との間で、各マンションの管理業務、特に管理費等の出納だけでなくその管理をも併せて一括して委託する契約を締結している等の経緯に照らすと、当初から栄高は、あくまでも、マンションの管理組合自体とは別個独立の権利義務主体であるから、本件各定期預金が、管理組合の業務を代行する管理会社により管理される財産であるとしても、また、管理組合が設立されたとしても(管理組合の顕在化)、それを即管理組合の財産と評価することはできないことは明らかであり、参加人らの前記主張は理由がない。
(二)また、栄高が参加人ら各管理組合の代理人として本件各定期預金契約を締結した旨の参加人らの主張も、栄高がその委託の範囲で各管理組合を代理する権限を有することから、直ちに栄高の行為がすべて当然に各管理組合のための代理行為であると評価することができないことは明らかなところであり、また、殊更、栄高が被告(京橋支店取扱い)との間で、参加人らの代理人として本件各定期預金契約を締結したと認めることも困難であるから、参加人らの右主張も理由がなく、失当というべきである。
(三)さらに、参加人らの不当利得の主張も以上に検討したところから理由がなく、失当であることが明らかである。
二 そこで、抗弁について判断する。
1 本件預金担保設定、実質的に右担保権の実行と解される本件相殺の意思表示及び本件弁済の各事実は全当事者間に争いがない。
2 これに対し、原告及び参加人らは、本件預金担保設定行為は業務上横領行為又は背任行為に該当する公序良俗違反の行為であるなどとして右担保設定行為を無効とし、その担保権実行に当たる本件相殺も無効であると主張するので、以下に検討する。
(一)定期預金債権者は、右定期預金を同人の借入金の担保に供することができることはいうまでもないところ、前記のとおり、本件各定期預金債権者は栄高であると認められるのであるから、同会社が本件各定期預金をその借入金の担保に供することには原則として支障はないというべきである。
(二)ところで、前記認定のとおり、本件各定期預金は、栄高がマンション管理業務の一貫として区分所有者らが管理委託費を振り込む普通預金口座を設けて各種業務の支出等管理を行った後の剰余金を原資とするものであり、各管理規約及び管理委託契約に基づき、栄高は右管理委託費につき、受託に係る管理業務を行うに当たり必要な管理要員費、清掃費、物品購入費、保守費、水道光熱費、管理報酬その他の経費にのみ充当できる権利を有するものであり、修繕積立金を取り崩して修繕費に充て、なお不足する場合には区分所有者らに対して追加徴収することができる権利を有するものであるにすぎず、各区分所有者との間の管理委託の趣旨から右各定期預金は各マンションの修繕・補修等の費用に支出するたびに取り崩す取扱いがされており、したがって、栄高が管理する管理費等は多くの区分所有者らに利害関係を有するいわば公共性の強い性質のものであるとの原告及び参加人らの指摘には一応の合理性がみられないわけではない。
しかし、金銭は本来、価値を表象するもので個性がなく特定性を持たないとの特性を有し、占有者が即所有者である。そして、栄高は本件各定期預金の原資となった各マンションの管理委託費につき、それぞれの管理委託契約及び管理規約に基づいて委任事務を処理する費用等として委託されているもの(区分所有法二八条参照)であり、受託者として前記の管理義務を負っているのであるが、預り金としての金銭自体は栄高に帰属するものであり、前記認定のとおり、栄高が区分所有者らとの間の管理委託契約に基づき従うべき管理委託費の支払方法及び保管方法については特にこれを規定するものはなく、栄高に一切ゆだねられているものと解されるのである。
なお、本件預金担保の預金担保差入証の一部(甲二の1)にはマンション名のメモ書が記載されているものがあるが、その後に作成されたその他の担保差入書(甲二の2ないし8)にはそのような記載はなく、更に、栄高と被告(京橋支店取扱い)との間の本件預金担保設定契約では別紙預金担保設定一覧表のとおり栄高の管理する各マンションの管理委託費を原資とする本件各定期預金のほか、栄高固有の定期預金(目録16ないし19の各定期預金)も含まれており、これらの事実を併せ考察すると、栄高は、本件のように破産に至った場合には参加人らの各マンションに対し、委託契約上の受託者としての未支出分の事務処理費用としての預り金残高の返還債務を負うにすぎないのであり、結局、本件各定期預金自体につき各マンションの管理委託費に使途が限定されていたと認めることは困難というべきである。
(三) したがって、本件預金担保設定行為が栄高の担当者による業務上横領行為に該当するものとは解し難く、また、同会社が自己の資産を担保に供した行為はその担当者の背任行為にも当たらないし、同会社の破産により、管理組合若しくは区分所有者らに担保設定相当額の損害が生じたとしても、それは栄高の破産自体に起因する損害であり、本件預金担保設定行為自体により生じた損害ではないというべきであって、原告及び参加人らの前記主張はいずれも理由がなく、失当である。
3 右のとおりであるから、原告及び参加人らのその余の主張(民法五〇五条一項ただし書適用の主張及び権利濫用の主張)も理由がないことは明らかであり、失当である。
なお、右の主張における原告の論旨は、本件各定期預金債権ないしその返還請求債権の栄高への帰属性を否定するものであり、実質上という表現を付加しているものの、先の預金債権者性の主張との間に論旨の一貫性を欠くのではないかとの疑問が残る。
以上のとおり、被告の抗弁(相殺及び弁済)は理由があり、これに対する原告及び参加人らの主張はいずれも理由がなく、失当である。
三 よって、原告及び参加人らの本件各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第四部
裁判長裁判官 藤村 啓
裁判官 堀内 靖子
裁判官白石哲は、転補のため署名押印することができない。
当事者目録
東京都中央区京橋一丁目四番一〇号 大野屋京橋ビル四階
甲事件原告兼乙、丙、丁、戊、己及び庚事件参加被告
破産者株式会社榮高
破産管財人 奥野 善彦
右訴訟代理人弁護士 野村 茂樹
同 滝 久男
同 山中 尚邦
同 井上 由理
同 藤田 浩司
同 佐藤 りか
同 大西正一郎
同 斎藤美奈子
大阪市中央区伏見町三丁目五番六号
甲事件被告兼乙、丙、丁、戊、己及び庚事件参加被告 株式会社 三和銀行
右代表者代表取締投 坪井 清
右訴訟代理人弁護士 小沢 征行
同 秋山 泰夫
同 藤平 克彦
同 香月 裕爾
同 香川 明久
同 露木 琢磨
右訴訟復代理人弁護士 宮本 正行
吉岡 浩一
東京都港区六本木三丁目一六番一三号
乙事件参加原告 アンバサダー六本木
管理組合法人
右代表者理事 O
右訴訟代理人弁護士 荻津 貞則
東京都千代田区神田駿河台二丁目一番一九号
丙事件参加原告 アルベルゴお茶ノ水
管理組合法人
右代表者理事 U
右訴訟代理人弁護土 高橋 秀忠
右訴訟復代理人弁護士 松田 浩明
東京都港区赤坂九丁目六番三〇号
丁事件参加原告 ルイマーブル乃木坂
管理組合法人
右代表者理事 O
東京都港区元麻布二丁目一〇番一〇号
戊事件参加原告 ジャルダン元麻布
管理組合
右代表者理事長 U
東京都台東区上野七丁目三番九号
己事件参加原告 アルベルゴ上野
管理組合法人
右代表者理事 A
丁、戊及び己事件参加人訴訟代理人弁護士 安福 謙二
同 古瀬 明徳
東京都港区赤坂三丁目一一番一四号
庚事件参加原告 赤坂ベルゴ管理組合
右代表者理事長 N
右訴訟代理人弁護士 恵古 和伯