1994年11月22日

東京簡易裁判所調停委員会殿

                         アンバサダー横浜松見町管理組合

答 弁 書

1.はじめに

 松見町管理組合からは、東京地裁民事20部及び破産管財人(奥野弁護士)に宛てて、「否認権行使の調停申立は明白な事由がなく、不当であり、管理組合及びその役員に多大な迷惑を及ぼすので、調停申立をしないように」再三にわたり申入れてきた。にもかかわらず、今般、調停申立に踏み切ったのは全く遺憾である。

(中略)

 調停委員におかれては、事実関係を明確に理解され、『我々松見町管理組合に対し、否認権行使によって預金の返還を求めるのは不当である』旨の結論を直ちに下されるようお願い申し上げたい。

2.問題の本質

 本来、マンションの修繕積立金・管理費はマンション住民が自らの将来の大修繕と日常の管理の為に出捐し、積立てたものであり、管理委託契約関係・管理の実態の如何に関わらず、マンション住民のものであることは、誰の目からも明らかである。

 今回の事件は、たまたま、管理組合が未結成で、かつ不十分な管理委託契約・管理規約のマンションの積立金を、豊栄の沼田社長がその不十分さにつけ込み、銀行の担保に差し入れ、実質的な横領行為をしたということにすぎない。銀行との争いも詰まるところ、銀行が善意だったか悪意だったか、預金担保の相殺行為が正当だったかどうかに帰着するにすぎない。

3.調停申立の主旨不明

 調停申立の主旨が不明確であり、時効中断の時間稼ぎにすぎず、調停の濫用である。

 申立書に「銀行訴訟判決等の判断に照応して決する」とあるが、銀行訴訟でどのような判決が下されるか、全く判らない。マンション毎の管理委託契約・預金管理実態が様々に異なるのに、判決内容に、それがどう対応するのかも明らかでなく、調停申立内容に全く具体性がない。

たとえ、銀行訴訟で、銀行勝訴の判決が出ても、それは不完全な契約・規約・誤った利息計上等、建設省の指導を守っていないマンションに限っての判決であって、全く問題の無い我々松見町管理組合がその判決に拘束されて、預金を返還する必要など生じない。

4.申立書の歪曲

 調停申立書では明らかに事実を歪めている。

申立書で一般的な管理の方法として掲げているのは、銀行の担保差入れの対象となった預金にかかる昭和50年代以前建築の旧タイプの管理規約・契約のことであり、我々松見町管理組合他の昭和60年以降建築の新タイプの管理委託契約・預金管理の実態と全く異なる。

我々の新タイプの契約書では、修繕積立金及び管理費については、区分所有者ではなく組合員が、指定銀行に自己名義の口座を設け、その口座から自動振替により管理組合(管理組合管理代行栄高)に支払い、栄高がその収納・保管の任に当たり、委託業務の限定された使途に支出することになっている。(管理委託契約別表第1参照)

 旧タイプでは、区分所有者が個々に直接栄高に支払い、栄高が栄高の名で受領し、修繕積立金・管理費を栄高名義で預金し、また栄高の名で支出していた。

5.預金の帰属と判例

 元々我々松見町管理組合については預金の帰属について、争いの余地はない。

上記4の他、次のような事実関係があり、預金の帰属の判例から見ても、争いの余地なく松見町管理組合に帰属しており、栄高の財産だとする、管財人の主張には、全く根拠がない。

即ち、委託関係にある預金等の帰属については、既に昭和43年の問屋の判例で学説上も、委託者に帰属することが確定している。また、昭和63年3月・7月の損害保険代理店の判例でも、たとえ預金の開設者が受託者(代理店)で、受託者が預金通帳・印鑑の保管を行っていても、その預金が専用口座であって、使途が制限されていれば、その預金は委託者(保険会社)に帰属する旨の判決が出ている。

 松見町管理組合の事実関係は次の通り。

@預金の出捐者は居住者組合員・組合である。(預金の帰属の客観説のとおり)

A口座はアンバサダー松見町管理組合管理代行栄高となっており(昭和57年住宅宅地審議会答申の標準管理委託契約書の別表第1の業務実施要領のひな型のとおり)、内容はもちろん松見町管理組合だけの専用口座で、特定している。

 判例でも、預金名義は東京海上火災代理店(株)菱和(自動車販売業)名義で、印鑑も代理店代表取締役印であったが、判決は、保険代理用の専用口座であるので、委託者の東京海上火災に帰属する預金であると認定している。

B帳簿上も栄高の簿外で松見町管理組合分として区分経理(中高層分譲住宅管理業務処理準則(昭和62年建設省告示第1035号)のとおり)で処理されている。

C預金の利息は当初より一貫して組合の収益に計上され、組合が受取っている。

D管理委託契約の内容も住宅宅地審議会答申の標準管理委託契約書のひな型通りで、「預金の保管と限定された費用の出納」のみを委託する内容になっている。

  1. 実際に他のマンションや栄高の運転資金との混同は全くない。
  2. マンション管理業界においても、修繕積立金・管理費は管理組合に帰属し、管理会社の財産でないということは、当然のことと認識されている。

 以上の事実を損害保険代理店の判例に照らしてみれば、松見町管理組合が預金の真の債権者であることは、全く争う余地がない。

 なお、損害保険の判例について次のようなコメントがある。

『少なくとも、破産の場合には、画然と区別して保管してあることが外観上も明確である専用口座預金について代理店の一般債権者が責任財産として期待すべきではないことは、問屋が委託者から代金の支払を受けた後で委託者に引き渡すべき物を占有したまま破産した場合に委託者の取戻権が認められることを類推して考えることができよう。』(山下友信東大助教授『損害保険代理店の保険料保管専用預金口座と預金債権の帰属』ジュリスト1989.3.15,P.4649

(管財人の主張への反論)

 我々の上記の主張に対し、管財人は、平成6年8月8日付の我々への返書の中で、「損害保険の判例は、保険募集の取締に関する法律(保険募集法)の諸規定に比重を置いた判断であり、異別の理解の余地がある。建設省は預金債権の帰属について法令の解釈を行う機関ではなく、裁判所の判断に劣後する、であるからこそ、建設省は平成4年12月25日の通達で行政指導の誤りを是正したのではないか。」と述べている。

 しかしながら、判例で重視している保険募集法の条項は、第12条の「収受した保険料は自己の財産と明確に区分する」であり、一方マンションの場合、建設省は、中高層分譲住宅管理業務処理準則の中で、「管理組合の会計の経理とその他を明確に区分し(第5条)、管理組合から預託を受けた金銭を管理組合名義以外の名義で預託してはならない、ただし管理委託契約に別段の定めをしたときは、この限りでない。(第6条)」と定めており、保険募集法となんら変わらない内容であり、マンション管理業界が遵守すべき法律と全く同様のものである。敢えて違いを言えば、罰則の有無でしかない。

 建設省が栄高の破産後に出した通達(平成4年12月25日付)では、「昭和57年に標準管理委託契約書を指針とするよう指導したが、十分活用されてないので徹底すること」としており、あくまでも昭和50年代以前に建設されたマンションの、不完全な契約・不完全な預金名義等の見直しを指導しているのであって、我々松見町管理組合が準拠している標準委託管理契約の管理代行名義が間違いだったとは、言っていない。朝日新聞の平成4年12月22日の記事によると、建設省は「管理組合管理代行○○管理会社名義とすれば、勝手に担保にするトラブルは防げた。」と述べている。

 もともと、建設省(住宅宅地審議会)が、管理組合管理代行管理会社名義と管理会社代表印鑑の使用を認めたのは、組合理事長名義・組合理事長印鑑の場合は、預金払戻しの都度、遠路、管理組合まで印鑑を取りに行く必要があり、その煩雑さを避けるための、やむをえざる処理方法である。また積立金の保管について「何千万、何億と巨額になり、その心理的な負担から自分名義の口座で保管されることを嫌う理事長もおり、そのため、管理会社に保管を委託する組合が多く、そういう実態を受けて建設省が『管理代行名義』の規定をしている。」とされている。(「マンション管理組合運営の手引き」住宅新報社、143ページ)

 また、この損害保険の判例の場合、利息は、受託者の代理店(株)菱和が受領しており、これをとらえて預金が受託者代理店に帰属する根拠になるとの考えもあるが、判例では「少額で影響しない」と断定している。これに対し松見町の場合は、当初から一貫して管理組合が受領しており、預金が松見町管理組合に帰属することの明確な根拠となる。

6.栄高帰属の理由如何

 管財人は、調停申立書の中で、否認権行使の対象とする預金が、何故栄高に帰属するのか、その理由を全く明らかにしていない。松見町管理組合の預金が栄高・財団に帰属するとする理由を明確に示されたい。

 なお、銀行訴訟の訴状の中で、「銀行が、栄高と共謀して、管理組合から委託を受けた預り金である定期預金を、委託の趣旨に反して担保とする目的で、質権設定したのは業務上横領罪である」としている。栄高と銀行が横領したと見なすからには、預金の本来の所有者がマンション・管理組合であると認定していることになり、栄高に帰属するとの主張と矛盾するが、その整合性も併せて明らかにされたい。

7.破産法の否認権の条項に非該当

 管財人は、調停申立書の中で、「現金、通帳等の交付は破産法第72条4号に該当するので、交付を否認する」と述べているが、そもそも、預金の帰属は我々松見町管理組合にあり、交付は当然の行為である。また破産法第72条4号には、「破産債権者ヲ害スベキ事実ヲ知ラサリシトキハ此ノ限ニ在ラス」とあり、我々は、自らの預金を自らの管理下に移しただけであって、他のマンションや栄高プロパーの預金を取戻した訳ではなく、他の債権者を害するとは全く考えていなかったし、現に害していない。

 むしろ、破産法第87条の「取戻権」と認められ、なんら返還の義務はない。

8.否認権対象除外

 組合長名義の預金を否認権対象から除外しているが、同様に松見町管理組合の分も除外すべきである。

 申立書の三の2(7ページ5行目)にあるとおり、管財人・東京地裁民事20部の判断で、否認権対象から、管理組合理事長名義の返還品は除いている。同じ建設省指導の標準管理委託契約書(「管理組合理事長名もしくは管理組合管理代行管理会社名のいずれかでよい」と定めている)に基づき、同じ栄高の受託管理下にあったにもかかわらず、組合長名義のものは否認権行使の対象から除外して返還を求めず、「管理組合管理代行」の名義のものは否認権行使の対象にするというのは、著しく公平を欠き、全く納得できない。我々松見町管理組合も否認権行使の対象から除くのが公平・妥当な措置である。

 さらに、銀行の担保に差入れられた預金の中に、管理組合代行栄高名義の預金のものはなく、従って銀行訴訟の対象にもなっておらず、「銀行訴訟判決等の判断に照応して決する」とする今回の調停の範囲外にあり、管理代行名義の預金は否認権行使対象から除くべきである。

9.マンション間の格差と積立実績

 担保に取られた8マンション及び管財人が預金を押さえている5マンション、計13のマンションは、赤坂・六本木・乃木坂等いずれも都心の一等地に立地しているのに対し、取戻した18マンションは大半が都心から1時間以上の距離で、マンション立地による入居者の所得格差が存在してるのは厳然たる事実である(注)。今回の調停により、返還を行えば、いわば(相対的に)低所得の層の者が(相対的に)高所得層の者に(中略)対して、損失補填をしてあげることになる。(管財人は、当初、取戻した18管理組合に対し、「否認権行使訴訟」をちらつかせながら、取戻した金額の50%を返還するよう、執拗に迫った。「訴訟で敗訴すれば、全額返還だ」と脅かしつつ。)
 (注)(平成9年補足):参考として、赤坂・麻布と横浜松見町の公示地価(いずれも住居用)を比較すると、その格差は、バブル以前の昭和60年で5〜7倍、バブル期の平成2年では何と18倍、沈静化した平成8年でも4〜5倍に達する。

 しかも建設時期・修繕積立金の積立期間・積立金額が各マンション毎に相当の違いがある。特に我が松見町管理組合は平成3年から修繕積立金の増額変更を行っており、当初から変更してないマンションに比べ、定期預金・普通預金とも、大幅に増えている。もし万が一返還となれば、修繕積立金を当初に比べて増額変更したところが、余計に積立てしており、余計に吐き出しするようになる。

 このようなことから、真の公平を図るために、一定の返還割合を決めることなど、全く不可能である。取戻した18組合に一律に返還を求めようとすれば、逆に、取戻せなかった13マンションの方が1戸当たり積立金等が多くなるという逆転現象も起こり、新たな不平等が生じることにもなる。

(中略)

11.何が公平か

 誰が、どのような「公平・平等」を必要とし、それを求めているのか、管財人に明らかにしてもらいたい。

 「偏頗な弁済であり、不公平・不平等だ」と管財人はいうが、本来の所有者に戻すという、全く当然のことを栄高の社員が行っただけで、全く問題になりえない。

 (なお、申立書では「相手方が交付要求し、破産会社はこれに抗しきれず」と、あたかも半強制的・暴力的に取戻したかのように印象づける記述をしているが、松見町に対しては、栄高から振込によって、自主的・平穏のうちに返還されている。)

にもからわらず、管財人は当初より一貫して、修繕積立金・管理費は栄高・破産財団に帰属すると、強引に主張してきた。その主張の動機は、ただ一点「公平・平等の実現」にある。

 しかし、その「公平・平等」が、どのような意味での「公平・平等」なのか、上記9にも述べたとおり、全く理解出来ない。

 しかも、破産財団に返還した場合、マンションだけの配当財源になるのか、銀行・ノンバンクをはじめとする栄高の一般債権者の配当財源にもなるのか、全く明らかにせず、マンション間の不公平・不平等だけを否認権行使の大義名分に掲げている。

 もし、一般債権にも充当するとなれば、当初管財人が掲げた「13マンションとの不平等の解消のために否認権行使する」との主旨に著しく反し、矛盾する。

 どこの、誰が、どのような「公平・平等」を求めているのか? 管財人に明確に回答してもらいたい。

 今回の事件は、担保に取られた8マンションが、銀行から預金を取り戻し、なおかつ、管財人が預金を押さえている13マンション(担保に取られた8マンションを含む)に対し管財人から預金を払い戻すことによって、解決が図られるべきであって、預金を栄高保管から本来の自らの保管に戻しただけの18マンション管理組合に対し、否認権行使で返還を求めるのは全くの筋違いである。

12.預金名義・契約等の一覧表の提示要求

 調停申立書の五(8ページ14行)で「各相手方のマンションの管理業務の実態にも配慮する」と述べており、この管理の実態を明らかにするため、管財人に、次の預金・契約の一覧表の提出を求める。

 栄高が管理していた全マンション・管理組合別の、平成4年11月4日現在の、@預金の名義、銀行支店名、預金の種類、口座番号、金額、A使用印鑑、通帳印鑑の保管場所、B利息受取の主体、C銀行担保差入れの有無、D管理委託契約の新旧タイプの別。なお、(株)栄高単独名義のものは、原資がマンション預り金のみか、栄高の預金と混在しているかについても明示のこと。

(中略)

14.終わりに

 今回の調停申立は、これまで述べたとおり、あらゆる側面から見て、我々松見町管理組合にとって、理不尽極まり無いものである。

 また、この調停のための、管理組合役員・組合員の心理的・経済的負担も計り知れない。このような、不当な調停は、権利の濫用であり、はた迷惑以外の何ものでもない。

 調停委員会におかれては、民事調停法第13条に基づき「不当な目的でみだりに調停申立をした」と認め、直ちに事件終了とされるよう、切にお願いしたい。

 なお、調停にあたって、特に配慮願いたいのは、調停による時間的・心理的・経済的負担である。今回の調停が、土日ならいざ知らず週日に行われるため、管理組合役員に不必要な年次休暇を強いることになり、勤務先の了解を得るのに多大な苦労をし、勤務先の業務にも支障を来たしている。今後も長期にわたって調停が続くことになれば、管理組合役員の勤務先会社における地位・職をも危うくし、人権問題になりかねない。

このように、調停の平日の開催は、マンション管理組合の役員がそれぞれに働いている職場への影響が非常に大きいことから、調停の土曜日開催を、真剣に検討されるよう、併せてお願いしたい。

(最後に)

 我々は、「他に職業を持ちながら、マンションの役員としてこの事件に対応することの困難さ」を管財人・東京地裁民事20部に訴えてきた。管財人・東京地裁が、いささかなりともこうしたマンションの困難さに配慮する良心を期待していたのだが、全く一顧だにされなかったのは誠に残念である。

 また、管財人及び東京地裁民事20部は、法曹人として、道理を貫徹し、十二分に理を尽くすであろうこと、法律の公正な番人・専門家として良識ある対応をとられるであろうことを期待していたのだが、今回全く理を尽くさずに、敢えて調停に踏み切ったことに対しては、憤りを超えて、深い失望と悲しみの念を禁じ得ない。